空元気、自己責任、ポジティブシンキング……
万策尽きてしまったのなら、いっそ心の土砂降りを大解放
雨のせいだか、こなせないスケジュールのせいだか、昨日の失態のせいだか……理由があろうがなかろうが、気分が落込みがちな時はある。
「大丈夫大丈夫」と空元気を唱えてみても、「あれは全部自分のせいだ」と責任の所在を自分に置いてみても、「起こるべくして起こった事さ」とポジティブになってみても、自分の気持ちは騙せない。そうさ、ああそうさ。今、私は落ちている。
落込む事はいけない。
ものごとの効率が悪くなるし、何でもうらやましくなって、自分の事を過小評価してまた落込む。負のスパイラスが待っているのだ。なるべくならば、落込みたくない。
けれど、万策尽きてしまったら?
空元気は「言ってるだけ」だと冷ややかに分析できちゃうし、自己責任が追い打ちになり、ポジティブシンキングもただの正論に感じてしまう。むしろ全てが逆に作用してしまう時がある。
こんな時はついつい愚痴と弱音のオンパレードで、周囲に慰めてもらいたくなるところだが、気持ちをグッと「ため込んで」みる。
そうだ、みんなを巻き込んでしまってはいけないのだ。
いつか復帰した時の弁解も面倒だし、重い気持ちはちゃんと「ため込んで」上手に使うのだ。
ギリギリの自制心を保ちつつ、一人になったときには空模様に関係なく心の土砂降りを大解放してみるのが、変な話、私の楽しみでもある。
一人暮らしの自宅のドアを、ぱたりと閉めて、ガチャリと鍵を掛けた時から私の「悲劇」は始まる。
まずは「ああ、ひとりだ……!」
長くない廊下を倒れ込むように駆け抜け上着を脱ぎ散らかし、ドサッと、ベッドにふさぎ込む。「しんどい〜!」
重い身体をベッドに預けたら、心ゆくまで一時停止。ケータイは手の届かない所までぶん投げしまうのがオススメだ。
多少、動ける体力的元気がもどって来たら、部屋の電気は薄暗くして、食うや食わずの“あたし・土砂降り”を謳歌しよう。
悲劇の映画に厚かましくも自分を重ねて号泣も良いし、シャワーに打たれてまとまらない考えごとに呆然と身を任せるのもオツだ。
誰かが見ていたら決して出来ないほど取り乱して過ごすのだ。
これはこれで、ひとつの欲望として爽快だったりする。
ポジティブだろうがネガティブだろうが、湧き上がった感情を抑え込むのは身体に良くない。そりゃ、落込む事もなくはつらつと生きていく方が楽しそうだが、闇があっての光である事を、私達は30年かけて知った事だろう。
押し上げても押し上げても、晴れない重い雲が胸にかかったらこれはチャンスだ。今回は何して打ちひしがれようか。
その奇行は元気になった時の笑いのタネにもなったりする。
雨も結構、うつも結構。
相田みつをも言っていた。
「人間だもの」
ホントにそうだ。
いずれ欲望は満たされると、ある日突然、ケロリと興味がなくなったりする。元気とやる気がしっかりと充電された日が来るのだ。
そうさ、「やまない雨はない」のである。


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- コヤナギ ユウ
- (yours-storeダイヒョー)
- イラストレーター・デザイナー・プランナー、株式会社yours-store代表。趣味が趣味に留められず「始めることが大切」と見切り発車し、「続けることがいちばん大切」と雪だるま式に人を巻き込む。登山とカメラが今の趣味で雑誌マニア。社会科見学先でハンカチーフを集めている。
- ・エッセイ:i REwrite you!





