たまたま本屋で見て思わず魅かれてしまったのが、どこまでも続きそうな道をひとり歩く少女の写真だった。初めて読んでから、もう何年も経つのだけれど、本当にこの本をかばんに入れて旅に出るくらい、私にとっては大切な本になった。今でも、折に触れてここで語られていることばやシーンを思い出して自分のことを思わず振り返ったりしてしまう。


『ゼンゼレへの手紙』は、南部アフリカのジンバブエに暮らす母親がハーバード大学に留学している娘ゼンゼレに宛てた手紙がひとつの小説となった本。母親の語りは、彼女の生きてきた道、家族の生きてきた道、英国の植民地ローデシアからジンバブエへの変遷、独立後のアフリカ社会へとつながっていく。「普通」のアフリカに暮らすあるひとつの家族の日常生活や、彼らの人生が垣間見え、アマイ・ゼンゼレ(ゼンゼレの母さん)が語ることばとアフリカの魂は、日本に暮らす自分の心にまっすぐすとんと届いた気がした。


アマイ・ゼンゼレが描くジンバブエは、独立に向けた闘争時代だったり、独立後にヨーロッパに渡ってしまった者のことだったりするわけで、それはいまの日本からみたらずいぶん違った環境に生きたひとたちのこと。だけど、彼女がほんとうに言いたいのは、女として生きることは「強く生きる」ということであるとか、相手の「見た目」に惑わされない、なんていう「生きていく上で大切なこと」なのだ。それが丁寧にお話に盛り込んである。


なかでも、シリが若かりし時代に出会った二人の恋人の話は象徴的。「若いころの激しい恋の相手」と「自分の人生に静かにそっと入ってくる男」の例は、胸が締め付けられるほどよくわかった気がした。(娘にこんなことを語る母って何だかすてき)女が一生の間に出会うのは、二人の男しかいないそうだ。ひとりは、自分の手を震わせる男、そしてもうひとりはその手をしゃんとさせてくれる男。こういうことばに、ぎゅっと胸をつかまれてしまいません?


ジンバブエについては、最近、世界中から「独裁」と非難されているムガベ大統領や、世界最悪のインフレについて、日本でもニュースで報じられるようになった。


でも、こういうやわらかい語り口の本を読んでいると、ジンバブエという国の人たちがどのように生きてきたのか、ニュースにはならない「普通の生活」が自然と見えてくる。何よりも、自分自身の心に直接語りかけてくることばはとても美しく誠実で、わたしにとっては聖書みたいな本だと思う。生き方に迷いそうなとき、なんだかネガティブモードなとき、たまにこっそり読み返している。


ゼンゼレへの手紙

ゼンゼレへの手紙(単行本)
著者: ノジポ・マライレ
訳: 三浦彊子
出版社: 翔泳社 (1998/07)
単行本: 263ページ
ISBN-10: 4881356275
ISBN-13: 978-4881356272
発売日: 1998/07
商品の寸法: 19 x 13.4 x 2.4 cm
価格 : 1,575円(税込)

シリアスです。殺人もあり。怖いシーンもあり。 でも、ノリノリのダンスミュージックに重なる南アフリカ・ヨハネスブルグの夕景は、はっとするほどの美しさ。そして、どうしようもなく切ないツォツィの気持ちの変化に同調して、最初に観たときはぼろぼろと泣いてしまった。(DVDを借りて三回連続して観た)


実映画の舞台となっているのは、人類史上唯一の人種隔離政策「アパルトヘイト」の終焉から10年以上経った現在の南アフリカ。この国は未だに激しい経済格差や増加する犯罪、エイズに苦しんでいる。


ヨハネスブルグ郊外のタウンシップ・ソウェトのツォツィ(=不良)は、仲間とつるんで窃盗などを繰り返す悪党少年。ある日、ツォツィはカージャックをするが、奪った車の中に生後数ヶ月の赤ん坊を発見する。最初は戸惑いを見せるツォツィだが、やがてこれまで自分自身の辛い生い立ちや過去を捨てて悪党として生きていた少年ツォツィの胸に、命の大切さという記憶や愛おしさが芽生え始める。


「社会派」というわけでもなくて、南アフリカが現在抱える問題に正面から切り込もうという映画ではないし、かといって、単なる不良少年ツォツィの更生物語というものでもない。


幼いころのツォツィの辛い記憶が、赤ん坊への愛情を感じることでよみがえってきて、そして凍り付いていた何かが溶け出していく様子がとてもよくわかる。


最初はあまりに険しくてこわばっていた不良少年の表情が、少しずつ柔らかくなっていって、ときに幼い少年のような表情が出てしまう様子に、まるで自分が彼のような辛い人生を歩んできたかのように、心がきゅんとなった。その顔つきが、映画の最初と最後ではほんとうに違うのだ。 これまでツォツィはたった一人で生きていて、自分の心をすっかりかたく閉ざしていたから、それがほぐれていくまで、たくさんの迷いや戸惑いがあったんだなぁと思う。


彼の変化していく気持ちがソウェトの上に広がる大きな夕空に重なって、こちらが懐かしい気持ちにもなる。映画の舞台は南アフリカだけれど、自分が子どものころ見上げた夕焼けの記憶がよみがえってくる。


ツォツィはきっと、南アフリカだけじゃなくって、どんな国にも居るのかもしれないな、なんて思う。まるで彼の人生を自分が生きてきたようで切ない気分にもなるけれど、ラストシーンでのツォツィの涙には、自分もツォツィと同じように強く生きていこう! なんて気分にさせるパワーがある。


Tsotsi(ツォツィ)

Tsotsi(ツォツィ)(DVD/プレミアム・エディション/2枚組)
監督・脚本 : ギャヴィン・フッド
出演 : プレスリー・チュエニヤハエほか
発売日:2007/10
ASIN:B000TILW8C
価格:4,935 円(税込)
本編:95分
profile
あふりかくじら
あふりかくじら
(アフリカ研究者)
深夜のラジオ的アフリカ物書き。大学在学時、南アフリカ出身の作家ベッシー・ヘッドの研究を始め、南アフリカ・ボツワナで調査を行う。
2001年より、飢餓や紛争、野生動物というステレオタイプにとらわれない「普通のアフリカ」を日本の人に知ってもらうきっかけを作るため、日本語メールマガジン『あふりかくじらの自由時間』を発行するとともに、ブログを開設している。
エディンバラ大学アフリカ研究センター修士課程修了後、コンベンション会社、開発コンサルタント勤務等を経て、2005年から2007年にかけ、ジンバブエにて政府機関に勤務。現在、開発コンサルタント所属。
ブログ:あふりかくじらの自由時間