新年ということで目標を立てるにあたり、自分の原点を考えてみた。
ひとつのルーツとして、子供の頃に見たアニメーションからやはり、多大な影響を受けているように思う。
今と違って演出の派手さには欠けるが、道徳に訴えかける作品が多かったせいもあるだろう。


私に限らずcomplex gala.を楽しく読める世代の多くは、宮崎駿を愛している(に違いない)。
「宮崎色」の金字塔としてまず、「風の谷のナウシカ」を挙げるのが妥当だろう。


荒れ果てた自然環境が猛威を振るう中、個々の利のために争う人間たち。もっと広い立場から人間と自然の仲裁人を勤めるナウシカ。風の谷のナウシカに限っていえば、あのお話の本当の面白味は映画になったアニメーション部分には描かれていないので、ぜひコミックを読んでいただきたい。
余談だが、コミックのナウシカのクライマックス部分を描いているときのことを、宮崎氏は記憶していないそうだ。自身でも話の行く末が分らないまま、何かに突き動かされて描いていたとどこかの対談で読んだ。


そんな「風の谷のナウシカ」の原作になったと唱われている本書「シュナの旅」は、全編書き下ろしのフルカラーコミックだ。


貧しい谷の生まれの王子「シュナ」が豊かな食料となる麦を実らす「金色の実」を求め、荒れ果てた世界を旅する物語。
幾日も荒野を旅し、朽ち果てた文明の跡で休み、やがて人身売買を行う街で売られている「金色の実」を見つける。そこでは人間はもはや食べ物を自ら生産せず、人を差し出すのと引き換えに唯一「金色の実」を持っている「神人」からその種を手に入れることができるのだが……貧しい谷の人々を救いたいと旅に出たシュナだが、目の前で売られようとしている姉妹さえも救えないことに失望感を抱き、やがてシュナは「金色の実」がやってくる「神人」の秘密を知ることになる。


チベット民話が元となっているお話とのことだが、書き出しが実に宮崎駿らしい。


「いつのころか
もはや定かではない
はるかな昔か
あるいはずっと
未来のことだったのか
氷河がえぐった
旧い谷の底に
時から見捨てられた
小さな大国があった」


まるでコレクションによって様変わりするファッションのようにエコロジーが叫ばれている昨今だが、エコ替えだロハスだマクロビオティックだと、目の前の情報に踊らされる前に、宮崎駿の手がける作品の原点から自分の中の「ナウシカ」を揺さぶり起こしてみるほうが、よっぽど的を得ているような気がする。


シュナの旅

シュナの旅(文庫)
著者:宮崎駿
出版社:徳間書店
ISBN-10: 4196695108
ISBN-13: 978-4196695103
発売日:1983/06
価格:470円

正月休みを感じさせないハイスピードな世の中と、いまいちエンジンのかかりきらない自分との温度差に疲れ、全く本を読む気になれなかったのに本屋へ立ち寄ってしまった。
困ったときは本屋に行くという習慣は結構なんだが、本を読める状態じゃないことを自覚しているくせになんなんだ。


そこでお気楽そうな本を発見した。


「カリオストロの城」のヒロイン、クラリスがばっちり描かれている表紙にこのタイトル。


「あれから4年…」


てっきりルパンに心を盗まれた、カリオストロ公国姫・クラリスのその後の話がオフィシャルな同人誌ノリで綴られているのかと思ったのだが……


本書の3分の2はクラリス目線から見た「カリオストロの城」名場面の再録でがっかり。


しかしその「がっかり」は早ガッテンだったのだ!


この本の肝は巻末にわずかながらに載っている宮崎駿氏の対談にある。


プロデューサー目線から「ルパン」のキャラクター設定が行われたことを綴ったルパン私論「ルパンはまさしく、時代の子だった」。
宮崎氏のアニメーション制作の原点「どんな作品を作りたいかって、つきつめると、結局、子供のときに見たかったものなんです」。
80年代初頭に「クラリス」というヒロインを生んだ、宮崎氏のヒロイン観が語られる「あれから4年…」。


アニメーションも広告も雑誌も、世の中の流れを無視してしまっては自己満足なものになってしまう。上質な共感と反論を生むための広い視点が不可欠である。
私達の価値観に強い影響を与えた宮崎氏の視点がかいま見られる本書は、緩んだ制作に対する意欲を刺激するには十二分な威力を発揮してくれる。


ちなみに、「カリオストロの城」当時のクラリスは17才らしい。


あれから4年…クラリス回想

あれから4年…クラリス回想(文庫)
著者:アニメージュ編集部
出版社:徳間書店
ISBN-10:4196695124
ISBN-13:978-4196695127
発売日:1983/08
価格:440円(税込)
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Kid.May
Kid.May
(コピーライター)
コピーライター、編集者。
共感はエンターテインメントであるとして、生活感のある切り口を模索。その一方で反感は上質な友好を生むと考えている。
結果、思案に暮れる地味な生活を送っている。