1年間、仕事をせずに海外で遊び倒す!
人生の休暇で図らずも知った、“カネと私”の関係

そりゃーもう、ウキウキだった。なんせ、「これから1年間、仕事をしないで遊び倒すゾ☆」と決めていたんである。しかも、大好きなタイで。

初めて旅行したときからタイが大好きになり、毎年通うようになって、いつしか「住むぞ!」と決めていた。働く目的はタイ遊学資金を貯めるためだったし、1年と言わずお金が続く限り住もうと思っていた。最初はもちろん、日々新鮮。毎日、タイ語学校へ通い、友人もできて、大好きなタイ料理をつまみに酒を飲み、週末は旅行三昧。すべては予定どおりだった。

変化が訪れたのは、4ヶ月が経過したころ。なんだかウツウツとしてきたのである。通っていた学校は、宿題がないどころか、授業中のノートの書き取りすらダメという、一見そこはかとなくゆるい学校だった。日本でのあくせくした日々は遠く、仕事三昧の状態からは解放され、「おいしい」「楽しい」「らくちん」という快楽だけの生活。なのに、気分はくさくさするし、なんだかやけに疲れる。

同じころ、クラスメイトの一部にも異変が起きていた。笑顔が減り、顔を合わせるたびに暗くなっている。ドイツ人の彼は、ある日こう言った。「仕事をしていないことがツライ」。いや、まさに、まさにそれなんですよ! 「私も!」と言ったのは私で、「僕も!」と言ったのはイギリス人の男性。ドイツ人の彼もイギリス人の彼も、私と同じくタイに来て4ヶ月が経ったころだった。タイでの“人生の休暇”を楽しみにしていたはずなのに。

それぞれの状況を聞いてみると、私たちはわりと慌しく働いていたほうの部類で、なおかつ、仕事がそこそこ楽しかった。私としては、「仕事をしていない状態がユウウツなんて、私のDNAは日本人のロールモデルだったんだろうか!?」などと思い、仕事が恋しいなんて認めたくなかったんである。が、どうやらこれは日本人である私に限ったことではなかったらしい。

仕事が恋しいという事実を受け入れ、自己分析をしてみた。そこで気づいたのは、「私にとって仕事とはアウトプットの作業である」、ということだった。タイ生活において、語学の勉強はインプットの作業。覚えたてのタイ語を街で使ってみたりして、それはとてもエキサイティングなことだったけれど、脳みそ絞ってココロも絞って、というほどのものじゃない。仕事してアウトプットをして対価としてのお金を受け取り、それを使ってしっかり遊んでインプットする。私の脳のサイクルはそうでないと疲弊していくらしい。

それからほどなくして、偶然だったが、私には日々アウトプットする機会が訪れた(諸事情により詳しく言えませんが、要はちょっとお仕事=アルバイトしてたんです)。それからは毎日が一気に楽しくなった。インプットとアウトプットのバランスが取れ始めたのだと思う。

貯金を使い果たした“人生の休暇”を経て、帰国したらあっという間に慌しい日々に戻っていったけれど、ひとつわかったことがあった。たとえば、1億円が当たったらどうする? 仕事をしないで生きていく? 以前なら「仕事しないかも〜」なんて思っていたけれど、今の私に、まずそれはありえない。とりあえずマンションは買うけど、2〜3ヶ月旅行して(移動はすべてファーストクラス)、戻ったら仕事をする。お金はもっとほしいし、たくさんあるに越したことはない。でも、私のカネは、どうやらインプットのために使うようにできているらしい。そして、またアウトプットして稼ぐようになっているらしい。

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椿
椿
(Webプランナー、プロデューサー)
このご時勢だってのに、ただいま無謀な転職活動中。先日、退職をしてしまったので、つまりは就職活動中の無職。とりあえず、やりたい仕事に向かってザクザク進むのみ。30歳目前にタイへ1年少々遊学した経験あり。バンコクでのアパートメント探しの条件は「プールつき、キッチンなし」で、希望どおりどころかメイドさまのいらっしゃる物件に住んでいた。