子供心はただの「おさな心」か?
「complex gala.大辞林」は、そうは言わない。
こ‐ども【子供】
《「ども」は接尾語で本来は複数だが今では多く単数に用いる》
年のいかない幼い者。行動などが幼く、思慮が足りない者。
おとな【大‐人】
一人前の人間として、思慮分別があり、社会的な責任を負えること。
(大辞泉より)
形容詞にまで姿を変えて展開する、
「大人」と「子供」という対義語。
「心」が付いた場合はどうなのだろう。
こども‐ごころ【子供心】
物事の深い意味や人情などを理解できない、子供の心。
がんぜない、おさな心。「—にも悲しく感じられた」
おとな‐ごころ【大‐人心】
大人のように落ち着いた心。世なれた心。
「子供心」に比べて抽象的な解説の「大人心」!
思慮分別があるのと落ち着いていることは直結しないじゃないか! と憤慨を覚え、大辞泉を閉じてすこし大人の「思慮」をしてみよう。
子供心である「がぜんない。おさな心」とはどういった心理なのだろう。深い意味や人情などを理解できない・しない気持ちとは。すると、子供っぽさを言い表す1つの言葉が浮かんだ。
それは「聞き分けがない」ということ。
子供に対して「大人っぽい」と形容する場合、その理屈を理解できないながらも「聞き分けた」場合に使うだろう。
「理解できない」ということは同じでも、聞き分ける・分けないの違いで大人・子供と振り分けられるのだ。
では「聞き分け」とは何を聞かされるのだろう。
それはやはり「普通」や「道理」といった常識ではないだろうか。
子供には社会経験や常識といった固定観念がないので、「普通」や「道理」が通用しない。全ての判断基準や欲求が自分の中にあるのだ。
良く言い換えれば世間の足かせを外した純粋な欲求と言って良いだろう。タブーさえわきまえれば、これはとても大切なことだ。
「常識」「経験」「情報」……
実際、損得勘定や固定概念など、余計な知識を捨て払ったまっさらな気持ちの中に、根底の欲求は隠れている。
社会性を身につけることは生きる上で無視出来ない事柄だが、個人が満たされる欲求の心理は必ずしもその枠の中には収まらない。だからそれらをうまく飛び抜けたアイデアがヒットしたりするし、バカと紙一重と言われる「天才」が成功出来るのだと思う。
つまり、根底の欲求に対してリスクを感じてしまう欲求も、やっぱり消し去ったりできないという証拠なのだ。
ってぇことはだよ!?
「責任」をとれる大人力を持っているならば、「子供心」を利用しない手はないんじゃないかと思う。
欲求に従い常識を取り外した「子供心」を「大人心」で再現可能かどうか判断し、実行する。長いものに巻かれるばかりが大人じゃないだろう。
このフリーマガジンcomplexgala.の
キャッチコピーをご存知ですか?
「かっこいい大人のオンナ」を考える
大辞林が解説する「大人心」が言う所の「世なれた心」に、聞き分けよく流されているばっかりじゃ、全然「かっこいい大人」なんかになれない。
「complex gala.大辞林」を作るなら、
まず以下の言葉を載せることにしよう。
こども‐ごころ【子供‐心】 自発的な欲求を実行しようとする、子供の心。恐れのない、おさな心。「—を叶えよう」
おとな‐ごころ【大人‐心】
危機管理能力に長ける落ち着いた心。世なれた心。
かっこいい‐おとな【かっこいい‐大人】
根本的欲求を自覚する子供心と危機管理能力の高い大人心を持っていること。実行力があり、社会的な責任を負えること。
(まだ見ぬcomplex gala.大辞林より)


-
- コヤナギ ユウ
- (yours-storeダイヒョー)
- イラストレーター・デザイナー・プランナー、株式会社yours-store代表。趣味が趣味に留められず「始めることが大切」と見切り発車し、「続けることがいちばん大切」と雪だるま式に人を巻き込む。登山とカメラが今の趣味で雑誌マニア。社会科見学先でハンカチーフを集めている。
- ・エッセイ:i REwrite you!





