このご時世に贅沢なんて言わないわ。
せめて「人並み」の生活ができればそれでいいのよ。


テレビを見てたら、マイクを向けられた街角のおばちゃんがこんなことを言っていた。 ほほう、人並みね。なんて思いながらよくよく画面を覗き込んだら、おばちゃんの指には大きくて高そうな石が3つほどキラーン。……え? それも人並みデスカ?


そう「人並み」「中流」と言ってみたところで、その基準は人それぞれだ。
どのくらい自由に使えるお金があって、どれくらいの生活ができれば幸せなのか。何がフツウで何が異常なのか。まったくもってその人の価値観のものさしで測るしかないのだろう。


けれど、“大体同じ価値観”のラインってやっぱりあるものだ。いわゆる「世間」ってやつ。この本は、そんな「世間」と「自分」について漫画家のしりあがり寿が語ったエッセイだ。


しりあがり風に言えば、この世間とは「あいまいでとらどころがなく根拠がなく合理的でもなく正当性も怪しい。でもあたたかい。あたたか過ぎて腐ったりしそうなふとん」になる。


私たちはそんな「ふとん」にくるまれながら、自分の価値観を世間の価値観とすり合わせては、何かをあきらめたり、本当に自分のやりたいことに気づいたりしているのだ。でも油断すると、人はこの世間の価値観に流され、ふとんの奴隷になって自分を腐らせかねないから恐ろしい。


この本には「人並み」と「自分」との距離をどうとればいいかのヒントがいっぱいだ。ゆるいのに急所を突いてくるような文章も癖になる。世間の価値観に自分の心棒をブラされることなく生きる楽しさが伝わってきて、「オンリーワン」でも「みんな違ってみんないい」でもない、しりあがり流の人間学にハッとさせられること間違いなしだ。


人並みといふこと

人並みといふこと(書籍)
著者:しりあがり寿
出版社:大和書房
ISBN-10:4479391770
ISBN-13:978-4479391777
発売日: 2008/7/24
価格:1,575円(税込)

仕事をして、人並みに稼ぐ。
当たり前に聞こえるフレーズだけど、実はこれ、結構難しいことなのかもしれない。


皇太子妃の雅子様が「適応障害」と診断されたのは周知のとおり。この本では、雅子様の病気を切り口に、現代社会に増えている「新型うつ」について分析している。


適応障害とは、ある社会環境においてうまく適応することができず、さまざまな心身の不調があらわれて社会生活に支障をきたす症状のこと。そして、「新型うつ」の何が新しいかというと、仕事ではうつ症状が出るが、海外旅行やレジャーなど、自分がやりたいことには積極的に元気が出るところだという。何に対しても気力が出ない従来のうつの症状に対して、一見わがままとも思える行動が伴うのが大きな違いなのだ。


著者によると、雅子様が適応障害になってしまったのは、公務が忙しすぎるからでも育児がうまくいかないからでもない。「頑張らなくてもいい」「じっとしていればいい」と努力を禁じられてしまったことにあるらしい。


……なるほど。幼い頃から努力の人だった雅子様。笑って手を振ってるだけでいい、なんていわれたら、確かに自分じゃなくてもいいんじゃない? なんて思っちゃうかもね。


そんな雅子様のような症状を訴える人が後を絶たないのが今。自分にはもっとふさわしい場所がある、と思うあまり、目の前のことに踏ん張れない人が精神科に駆け込んでいるらしい。


私も自分で「人並み」だと思っているけど、その一方で、人にはない何かも持ってるはずなんて思っていたいところがある。でも、この本を読むと、人並みに満足できなかったり、自分をスペシャルだと思い込むのも考え物だなあ、と。


できれば、自分の立ち位置を客観的にみることができるようになりたいよね。
そんなことに気づかせてくれる一冊だ。


雅子さまと「新型うつ」

雅子さまと「新型うつ」(新書)
著者:香山リカ
出版社:朝日新聞出版
ISBN-10:4022732660
ISBN-13:978-4022732668
発売日:2009/3/13
価格:735円(税込)
profile
松沢貴美子
松沢貴美子
(研究者・開発コンサルタント)
1975年生まれ。
幼少期を父親のふるさとロシアで過ごし、大学時代はアメリカへ留学。
現在は都内の大学院で国際政治を研究しながら、途上国などの援助や国際協力などの仕事で世界を飛び回る日々を送る。
アニメやゲームが大好きで、暇を見つけてはこっそり部屋に引きこもるのが何よりの楽しみ。